タイムリミット2

 ため息をつく。もちろんそれは、今私がいるホテルの広間の豪華さに対してのものではない。会場だけじゃない、女の子の服装の華やかなこと。みんな見た目しおらしくきれいにしてるけど、腹の底じゃ品定めに余念がない。少しでも好条件の殿方をゲットしようと、おそろしいほどの『気』を感じる。
あー、落ち着かない。靴のせいかしら。久しぶりに履くピンヒール。いつものつっかけ……ノーノー、ミュールに素足じゃさすがにまずいだろうと、行事用のピンヒールをクローゼットの奥から引っ張り出したのはいいけれども。足がイタッ。
場違いなのよ! 私、その気がないもの。それに、どんなにかわいい服を着ようともごまかしようのないこの身長。180センチまではいかないまでも、かな~り浮いてる。ヒールなんて履いてるから余計に。プラス、女性は20代限定っていう参加資格ぎりぎりだし……。何なの、この年齢制限。屈辱的っ。岡路ったら、よくこんなのに申し込んだわね。
それでも、何人かの男性はチラチラ私に目を向ける。主催者側の挨拶と、ちょっとした前座が終わり、これからフリートークとやらに入る。フリートークって……。私は自分から紹介カードを渡す気には到底なれそうにない。もちろん、受け取る気もない……。

「抜け出したい……」

そもそも出席すればいいのだから、とりあえず用件は済んでいるのでは? 食べるもの食べたし。そう考えた私は、トイレに行く風を装ってそーっと廊下に出た。

「早く気づけばよかったわ」

さりげな~く普通の客を装って、エレベーターへと向かう。
半分くらい近づいたところで、背後から声が。

「すみません、お客様――」

私? 振り向くと、若い男の人がこっちを見ていた。

「すみません、パーティにご参加の方ですよね!? どちらへ行かれますか。これからフリートークに入るんですが」
「えっ」

ぎょっと目をむく私。その人は私の顔から少し視線をさげていた。

「あっ」

その目の先を追って再びぎょっとする。そうだ、胸のリボン。番号つきの。受付で渡されたんだっけ。

「あ、あの、でも私、ちょ、っと急用が……」
「困ります! ちゃんと会場にいてくださらないと。もしもお目当てにされてる方がいらしたらどうするんです? 後でトラブルになったりするんですよ!?」
「で、でも」

いるわけないじゃん、そんな人。と言いたい所だけれど、言ったところでおそらく聞き入れられない。男性はさっと腕を伸ばし、私は強めに肩を押されて反対方向へ向かわされた。そして、会場近くまで連れて行かれたところで、

「あの、少々よろしいですか。そちらの方とお話したいのですが」

とまたお声が。廊下にいたらしい、背の高い男の人。この人もリボンをつけている。

「は? はい」
「すみません」

と言ってその人は私の方を向き、係員から私を離した。
何? この人。
ちなみに背が高いと言ってもヒールを履いた私とこの人では殆ど同じ高さに顔があり、私は必然的にまじまじとそれを眺めた。

「さあ、一度戻りましょう」
「は、はあ……」

私の腰に手をあてて優雅に……。その顔かたちはよくできていた。

「あ、あの?」

チンプンカンプンな私に彼はしいっと目配せした。

「今はおとなしくしておくのが得策ですよ。頃合を見て抜け出しましょう」
「は、はあ……」

もしかして、この人も抜け出したい組? しかしそれにしちゃ何だか……。何でこんな人がお見合いパーティなんぞに? と思うほど整った顔をしている。髪はさらっと黒く、スーツも高そう。すぐに女の子に目をつけられちゃいそうだけど?
と思って周りを見ると彼のことを遠巻きに見ている女集団がいるじゃないの。やっぱり!

「ああ、どうもすみません、突然声をかけて。ちょっと、気になっていまして」

彼はスマートにそう言った。

「え?……ありがとうございます。って言っていいのでしょうか。あの、私、実は代理出席なんです……」

早いとこバラしちゃえ! 係りの人がいなくなったのを確かめ、私は本当のことを言った。

「どうもこういう場所苦手で……」
「へえ、偶然ですね、僕もそうなんです」
「は?」
「実は僕も友人に代わりに出てもらえないかと言われて……。それで仕方なく来てるんです」

本当かな……。何だか要領よさそうな人だわ。とりあえず私は愛想笑いをした。

「ですが、どうもばれそうなんですよね。いや、現に本名で呼びかけられて参ってたんです。あ、申し遅れましたが、僕はこういう者です。不動産を少々所有しております」

と彼は名刺を差し出した。

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