タイムリミット3
『IMG帝塚代表 都筑智則』
出た、不動産! やっぱり、の高額所得を匂わす肩書き。この顔……。
名刺を差し出されると、受け取ってぺこぺこ頭を下げてしまうのが社会人の性だ。そして自分の名刺を渡す。しかし、私は名刺を持ってきてなかった。財布ごと、クロークに預けていたのだ。
「ああ、ごめんなさい、名刺がないわ」
言いながら顔を上げると目がばちっとあってしまった。
何て、素敵な人。くっきりとした黒目。ほどよく日焼けした肌。やばい、ときめいてしまったじゃない。
「いえ、結構ですよ。仕事できてるんじゃないのですから。それよりあなたのお名前は」
私は無性に焦って、顔を背けた。
やだ、そんな社交辞令やめて。
名前なんて、言いたくない。
「? どうかされましたか」
私が黙っているものだから、変な空気が流れる。
司会者の声が聞こえて、わさわさと人が動き始めた。
「そろそろ自由行動かな。出ます?」
と、目で会場を見回しながら彼が言った。
「え?」
「出るんですよ。確か、ここから先はフリーだったはずです」
フリー! そうなのね。チャーンス。
「あの、すみません、助かりましたわ」
私はそそくさと挨拶をし、ぱっと身を翻した。
「待ってください」
「え?」
どきんと心臓が鳴る。彼に手首を握られていたのだ。
「一応参加される名目で来られたのでしょう? お急ぎではないのでは?」
え?
「え、ええ。ですが、少々疲れてしまって。うふふ、もう『若く』はありませんので」
若く、を心持ち強調する私。ホントかわいくない。仕方ないわよ、『性分』なんだから。ここのレディーたちとは違うの。いい男よりも何よりも、今はこの靴、このヒラヒラした格好から開放されたい!
「よかったら、この後お茶でも」
えーー? 何言ってるの、この人。
もしかして私を誘ってる? とドキドキしつつ、私の頭はあくまでも否定的に対処する。
―――ありえないから、そんなこと。
「いいえ、ごめんなさい。私、失礼します」
私は思いっきり素っ気無くつんと顔を背けて出口に向かった。だけど……。運悪く、というか、慣れないヒールがカーペットにひっかかり、バランスを失う……。
「きゃっ」
ぐきっとかかとが飛び出して、転びそうになるのを全力で防ぐ。
「……きゃあ」
もう一度声を上げる私。彼がとっさに……。私の腕を引き寄せたからだ。
「大丈夫ですか?」
どんっ……と重心が彼にかかる。一瞬、抱きしめられた格好になって胸がドキンと鳴った。がっしりした肩、広い胸。細そうに見えてたくましいのね、この人。……いや。あれ、変。躓いた右足のヒールがぶらぶらしている。
「あー、やだわ、この靴っ」
ちらっとかかとを上げて覗き込むと無残にもヒールが根元から折れていた。どういうことよ、コレ。こんなに軟弱に出来てたの?……ああ、もしかして湿気てたのかもしれない、クローゼットから取り出すの苦労したし!
「やだー、気に入ってたのにっ……」
形はね。実情は、クローゼットのこやし。でも、高かったのに……。
「大丈夫? 歩けますか?」
彼も覗き込んで事態に気付いた。「これじゃ……歩けないですね。送りますよ」
私ははっとした。「い、いえ、気になさらないでくださいっ。ほんとにっ」
私ったら! とにかく恥ずかしくて、その場から立ち去ることしか頭になかった。
「待ってください」
なんと。私は無事だったもう片方のパンプスを脱いで手に持つと、一目散に駆け出した。
「待って……」
彼の声が遠ざかる。やだ、何やってるの、私。彼はきっと呆気にとられてるだろう。
自慢じゃないけど―――。
その昔陸上をかじった私。大した記録は残せなかったけれども、スタートダッシュは誰にも負けたことなかった。
出た、不動産! やっぱり、の高額所得を匂わす肩書き。この顔……。
名刺を差し出されると、受け取ってぺこぺこ頭を下げてしまうのが社会人の性だ。そして自分の名刺を渡す。しかし、私は名刺を持ってきてなかった。財布ごと、クロークに預けていたのだ。
「ああ、ごめんなさい、名刺がないわ」
言いながら顔を上げると目がばちっとあってしまった。
何て、素敵な人。くっきりとした黒目。ほどよく日焼けした肌。やばい、ときめいてしまったじゃない。
「いえ、結構ですよ。仕事できてるんじゃないのですから。それよりあなたのお名前は」
私は無性に焦って、顔を背けた。
やだ、そんな社交辞令やめて。
名前なんて、言いたくない。
「? どうかされましたか」
私が黙っているものだから、変な空気が流れる。
司会者の声が聞こえて、わさわさと人が動き始めた。
「そろそろ自由行動かな。出ます?」
と、目で会場を見回しながら彼が言った。
「え?」
「出るんですよ。確か、ここから先はフリーだったはずです」
フリー! そうなのね。チャーンス。
「あの、すみません、助かりましたわ」
私はそそくさと挨拶をし、ぱっと身を翻した。
「待ってください」
「え?」
どきんと心臓が鳴る。彼に手首を握られていたのだ。
「一応参加される名目で来られたのでしょう? お急ぎではないのでは?」
え?
「え、ええ。ですが、少々疲れてしまって。うふふ、もう『若く』はありませんので」
若く、を心持ち強調する私。ホントかわいくない。仕方ないわよ、『性分』なんだから。ここのレディーたちとは違うの。いい男よりも何よりも、今はこの靴、このヒラヒラした格好から開放されたい!
「よかったら、この後お茶でも」
えーー? 何言ってるの、この人。
もしかして私を誘ってる? とドキドキしつつ、私の頭はあくまでも否定的に対処する。
―――ありえないから、そんなこと。
「いいえ、ごめんなさい。私、失礼します」
私は思いっきり素っ気無くつんと顔を背けて出口に向かった。だけど……。運悪く、というか、慣れないヒールがカーペットにひっかかり、バランスを失う……。
「きゃっ」
ぐきっとかかとが飛び出して、転びそうになるのを全力で防ぐ。
「……きゃあ」
もう一度声を上げる私。彼がとっさに……。私の腕を引き寄せたからだ。
「大丈夫ですか?」
どんっ……と重心が彼にかかる。一瞬、抱きしめられた格好になって胸がドキンと鳴った。がっしりした肩、広い胸。細そうに見えてたくましいのね、この人。……いや。あれ、変。躓いた右足のヒールがぶらぶらしている。
「あー、やだわ、この靴っ」
ちらっとかかとを上げて覗き込むと無残にもヒールが根元から折れていた。どういうことよ、コレ。こんなに軟弱に出来てたの?……ああ、もしかして湿気てたのかもしれない、クローゼットから取り出すの苦労したし!
「やだー、気に入ってたのにっ……」
形はね。実情は、クローゼットのこやし。でも、高かったのに……。
「大丈夫? 歩けますか?」
彼も覗き込んで事態に気付いた。「これじゃ……歩けないですね。送りますよ」
私ははっとした。「い、いえ、気になさらないでくださいっ。ほんとにっ」
私ったら! とにかく恥ずかしくて、その場から立ち去ることしか頭になかった。
「待ってください」
なんと。私は無事だったもう片方のパンプスを脱いで手に持つと、一目散に駆け出した。
「待って……」
彼の声が遠ざかる。やだ、何やってるの、私。彼はきっと呆気にとられてるだろう。
自慢じゃないけど―――。
その昔陸上をかじった私。大した記録は残せなかったけれども、スタートダッシュは誰にも負けたことなかった。
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