タイムリミット4

  恋は甘く切なく――。
 何て誘い文句がお決まりの恋愛映画をマジ観してたのはせいぜい学生時代まで。就職してからはもー毎日が戦闘! 恋愛、結婚なんて語ってる暇なんてなかった。そりゃお付き合いはそれなりにしてきたけれども、何人もの男が交際を申し込んでは向うから別れて行った。『キミは結婚なんてしなくてもぜーんぜん生きていけるね』とか何とかほざいて。
 そういう女なのよ。私は。

「それにしてもみじめったらしいこと。一体いくらしたと思ってるのよ。しかもでかっ。25、5センチよ(ていうか表記は41インチだが)? どーよコレ、かわいくないサイズ」

 無理してヒールなんて履く必要があったのだろうか? 裸足でタクシーに乗り込んで。しかも片方落としてきちゃってるし。みっともないったらありゃしない。「あーあ」床に転がした靴を前にふけこんでいると、携帯が鳴った。岡路からだ。

「どうお~? 塔子っ。いい男いた~?」

 また調子いいヤツ……。ちらっとあの人の顔が浮かぶが、急いでかき消した。

「別に。浮いてたわよ、思い切り。あ、だけどン万円分の食事ご馳走になったくらいはお礼をいわないとね」
「わははは~。またあ。おこんないでよぉ、また今度別口でおごるからさ。ところでさあ、あたしっ、なーんかツキ回ってきそうよ~。相手の人、マジお坊ちゃんでさあ」
「へえ」

 岡路はえらくハイテンションで今日会った見合い相手について語り始めた。

「S市の~Tっていう病院の院長の三男なのぉ。地元じゃ割と知られてる総合病院よ。勿論ヤブなし。なんかねー、東京で医科大中退してちょっとばかし遊んでたんだけど―、自分で会社起こしてぼちぼち暮らしてるんだって。あ、家は港区よー。親は医者にさせたかったみたいなんだけどね。それはもうあきらめてー。せめて嫁さんは同郷から選んで欲しいってことであたしに話が回ってきたのよー。東京の子と結婚させたらますます帰ってこなくなるからって」

 ふーん。ベンチャーですか。それだけじゃ何ともいえないわね。年商300万でも1億でも『起業家』としては同じっちゃー同じだもの。猫も杓子も港区ってねえ……(ため息)。

「……ま、ぶっちゃけバカっぽいといえばバカっぽいんだけど~。でもさ、楽じゃん? おにーさん2人いて、2人とも医者なんだわ。だからあー、メンドクサイお付き合いとか後継ぎがどうのとかって話そんなに回ってこないだろうし。玉の輿? ってヤツですか、コレ」

 岡路はもうはしゃいじゃって、その様が目に浮かぶようだ。彼のマセラティだのフランクミュラーだの言いたいこと言って(聞いてもないのに)、「それじゃ~近いうちにおごるわねっ。ルン」と携帯を切った。

「……医者ねえ」

 相手は事業家らしいけど。多分それって坊ちゃんのお遊びくらいな程度なんだろうな(業種明かさないし)。岡路の場合重要なのは『医者の三男』てところだろう。医者ならまあコケる不安は(事業主よりは)なさそうだ。年収(親の)1000万なんて軽く超えてそうだし。と、そんな想像してしまう自分がちょっと悲しい。
 年取ったわよねえ、そろそろ30か。三十路。女を憂鬱にさせる響きだ。

「……みそじ」

 乗り切れない女1人、目の前の靴に向かってぼやく。

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